思考と感覚と戯れる

仕事という環境から生み出された、思考や感覚を表現したい。

失われた思考を求めて

失われた思考。



マイナスな状態になると、思考が冴える。

冴えるというよりか、心の奥底に眠っている何かが引き起こされる感じ。



何か目指すモノ、チャレンジしていくことでしかマイナスな状態は生まれない。

なぜなら、チャレンジをするってことは失敗をすることなので、その失敗により絶望な状態に陥る。

要するに、マイナスな状態だ。

その絶望な状態から這い上がるために、思考し発想する。



そして言葉が生み出される。



今は言葉が生み出されない。

それはチャレンジをしていないから。

チャレンジをすること自体に意味を見出せていない自分がいる。

これは、自分の中だけの問題なのか?



いや、きっと環境も関係している。

環境は人を変えるように僕の思考も変化している。


良い意味で進化だし

悪い意味で真価でもある。



新たなる思考を求め、更に自分の感覚に変化を与える。

必然的アトラクション

ふと 真夜中に目が覚める。

僕はこの目覚めを『引き寄せ』と解釈している。

何を訳の分からないことを言っているのだろう?と思うが、そうでも思わないと
このタイミングで目覚めた辻褄が合わない。






『偶然的にアクションを起こしたとしても
それは必然的になる。

僕らこの世界は意図して糸で繋がれている。


どんなことをしても何をしても

それは必然という真理の中で泳がされている』





どんな行動にも必ず意味があって価値がある。


本人にその意思がなくても、空間はそれをキャッチしてしまう。

ただ、それを認識するのは怖い。
誰だって見えない力を頼りにするのは怖いし、
信憑性の有無を確かめてしまう。

こんなにもこの空間には周波数が飛び交っているのに。

だからまずはテレパシーを信じるかい?

この問いにどう答えるかによる。






実際、テレパシーがないとしても周波数はある。

周波数をキャッチして表示されることは認めざるを得ない。


周波数を否定するってのはわかりやすく想像すると、携帯電話を否定することになる。


だから、否定出来ない。


周波数を否定したら、携帯電話を持っている辻褄が合わなくなる。


夜中に目が覚める。

そこで僕はまずTwitterのタイムラインを拝見する。

そこで、誰がどんなことをリアルで呟いているのか?

そして、そこで呟いている人と引き寄せを感じている。


その引き寄せにまるで奇跡な軌跡がある。

見えない何か、僕はその見えない何かに必然性と神秘的性質があることを実感している。





いや、


















『本当は辻褄なんてどうだって良いんだよ











単純に寝るの早すぎだろ!!!』


グッナイ

病原菌ニート

退屈な日々を送る。毎日が何もなく過ぎていく。

引きこもって

引きこもって


殻の中。



栄養分がないんだ。






栄養素を求め、刺激を求める。







僕は何を観たい?君の何を観たい?


刺激をおくれよ。

破壊されたフィルム

理性とは本能を傷つけないためのフィルムだ。

何かの思いが弾けて、自分を表現してみるが
ズタズタにされる。

上手くいかないことの方が多い。


恋愛という、悪魔に洗脳される。

縛られて、
虜になる。


そうなると余裕がなくなり、相手を縛りつけてしまう。


僕は悪魔に魂を売ったんだ。


入り込み始めると、その先にあるのは嫉妬(気にしたりする感情)


今まで守っていた感情が全面的に前に出て、
君の虜になる。


そしてゴールのない恋愛。意味のない恋愛だけが突き進む。



そこで知れるのは『いっときの快感』



恋愛における感性は負と正の行き来、
そんな不安定な気持ちの中で生きている。


それがバーチャルの世界で起きる。

なんとも言えない。


そのバーチャルで起きた『悪魔との交渉』から逃れのはバーチャルでしかない。



バーチャルにすがる。
そこでもう一度悪魔から魂を奪い返す。



そして、感性を光らせる。惹からせる。



悪魔にのっとられないように、フィルムでしっかりと覆う。


『その薄っぺらな物質に何が出来る』


と、悪魔のささやきが聞こえる。

現代ピエロ

情報の多様化や技術の進化。それによって、覚えることが多くなった。嫌でもインプット。そうしなければ、この『現代』についていけない。

例えば、twitterの世界でもルールがあったりする。
そもそも「ツイートってなんやねん」と、いう話である。

そんな世界の中で踊らされている僕は、完全に『ピエロ』なのである。

言葉の認識から入り、その言葉の意味、役割、機能をキャッチするまでに、時間がかかる。


と、いうよりか、次々に湧き出て来る。まるで、神秘的なしずくを持つ、湧き水のように。ただ、その言葉の湧き水は神秘的ではない。


追いつかないのだろう。玉のりを試みても、色んな種類の玉があり、数も半端ない。そんな、状況の中にいる。それが『現代社会』。

その現代社会の中で、リテラシーを持ちながら、対応していくことが結構窮屈である。それでも、そういう世界を好んで挑む人もいるし、出来る人は出来るのだろう。


科学が進化して、とてつもない技術が存在しても、その技術を使いこなせる人はどのくらいいるのだろう。
人間の脳の使用率よりはるかに低いのではないか?携帯だってそうだ、役割が沢山あったとしても、それを100%使いこなしている人間はどのくらいいるのか?

目の前で起きている出来事は常に目まぐるしい。
まるで、僕のタイムラインのように流動的である。次々と流れ込む大量の渦が僕の心を埋め尽くす。時計の針は止まることなく進み続ける。

そして、僕はこの世界で踊り続ける。現代ピエロは嘲笑う。

仕掛けの中で感じ生きている

チームで戦う時には

戦術が必要になります。

その戦術を元に展開を作り上げていく。

その中には、仕掛けが必要で、どう仕掛けて相手を動かすのか?

この『仕掛け』がどのような戦況を生み出すのかが面白い。


スポーツによって、駆け引きに使われる技術や思考は違う。


僕はこういう裏で行われる行為、内部の事情であったり、どういうパターンが存在するのかが知りたかったりする。


例えば、

ポジションによる動き
フェイントの仕方
体力の使い方
選手交代


戦況下によって戦い方を選ぶ。
その時、どのような選択肢があるのかを知識として持つのが好きである。



そして、戦況を生み出し、展開へと導くための第1歩の『仕掛け』が好きである。




この仕掛け、大まかに二通りあると思う。

①わかりやすい仕掛け
②わかりづらい仕掛け




わかりやすいというのは、

目に見える動きであったり、自分の能力を活かした方法である。

わかりづらいというのは、目に見えない仕掛け、選手の精神の中で繰り広げているところ、目の動きや時間帯やらと少し外的要素を含んで影響させる仕掛けなどもある。


そのような、仕掛けを細かくみて、選手の肉体的状況であったり、精神的状況の変化がどうなっているのかを観るのが楽しいのだ。


そして、その仕掛けというのは、様々な分野で違う形として現れる。

数多くの仕掛け、色々な仕掛けの中で刺激を受け影響を与えられる。





そう、人生というゲームの中であらゆる仕掛けを感じ影響を受け、感動を得ている。

僕はつねに仕掛けられている。

悲しいみの向こう側には軌跡があるかもしれない

『人間が進化してそうなるのか、そもそも人間とはそういうモノだったのか、どちらにせよテレパシーがなくてよかったよ。言葉が存在して、伝えることがこんなにも大切で感動的なことだなんて。今はっきりわかったよ…』

 

 

 

僕らは言語を学び、それを活用して表現したり、伝えたりする。

 

 

言語は単なる音かもしれないが、間違いなく一つ一つの文字を繋ぎ合わせて、そこに意味を見出している。

 

 

 

単体では成立しないが、文字が集まり文章になり、人々に伝わり合う。

 

 

 

 

 

 

その言葉から、人類は感動し、新たなる奇跡を手に入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの悲しみがあって

一人の悔しさがあって

 

 

それらは、どうやっても受け入れなければならない。

 

 

 

沢山の積み重ねがあってイマがある。

 

 

 

 

そして、そのイマを感じるために積み重ねていく。

 

 

 

 

 

永遠に永遠に。

 

 

 

そこに感じている軌跡に触れていきたい。

 

 

 

 

『 いつしか言葉が言葉として存在しなくなる日まで、僕らはどこかで通じ合う』